Thomas & Friends' Railway Series

チマチマと執筆しているアイリッシュ海に浮かぶ島に住む有名な機関車達のお話

第4話 The Kipper's Accident / マードックとフライング・キッパー

ヘンリーが不在の間本線の機関車達は彼の仕事を代わりにしなければならなかった。
つい最近彼は脱線事故を起こしたエミリーと急行列車を牽いて終点の駅まで走った。そのため、バルブやブレーキなどに異常が無いか点検していた。
機関車達は仕事が増えても気にしなかったが、ゴードンとジェームスは貨物列車の仕事が増えて不満たらたらだ。
「全く見っともない!俺が貨物列車の仕事をするだなんて。」
「でもその貨物列車、急行貨物じゃないか。君の嫌いな各駅の貨物列車よりはマシだと思うけどなぁ。」
「ふん!お前には分かるまいネビル。俺は急行"旅客"専用の機関車なんだ。俺の兄弟は皆、旅客列車しか牽いていないんだ。お前みたいな貨物専用の醜いアヒルの子とは違うのさ。」
そう言うと彼は蒸気をあげて走り去った。
ネビルは落ち込んだが、モリーが慰めた。
「大丈夫よネビル。あなたは例え醜いアヒルの子でも貨車の扱い方をよく知ってるじゃない。それにお話で醜いアヒルの子は、その後美しい白鳥になったんだから。」
その言葉を聞いてネビルは少し気分が良くなった。

その日の晩もゴードンは文句ばかりだ。
「…トップハム・ハット卿もトップハム・ハット卿だ!俺に貨物列車の仕事だなんて…。大体昔からそうだ!港が混乱してる時も」
「はぁ、頼むからいい加減にしてくれよ。僕だって貨車の仕事が嫌なのは同じなんだからさ。」
ジェームスがうんざりしながら言った。
「ゴードンって貨車を牽くのが嫌いなの?」
モリーが小さな声でベアに聞いた。
「昔からさ。自分は急行旅客列車専用の機関車だから、とかなんとか言ってね。」
ベアが呆れながら言う。
「聞こえてるぞ。お前らだって元は旅客列車専用の機関車なのに喜んで貨車なんか牽きやがって。全く恥ずかしいことだ。」
「そうそう。はしたないことさ。」
ジェームスにまで言われ、ベアとモリーはムッとした。
言い争いが始まり、マードックが止めようとしたその時、ここではあまり聞きなれない警笛が聞こえて来た。
「あれは…」
「やぁ。良ければ私もここで休ませてもらうよ。」
ディーゼル機関車のボコが唸りを上げながら機関庫に入り込んだ。
「ボコ!お前…エドワードの支線で働いてるだろう。まさか…追い出されたのか?」
「はは、まさか。陶土の貨車をティッドマスの港に届けに来たのさ。デリックの仕事だったんだけど彼はオーバーホール中だからね。私が代わりにしたんだ。」
「そうか、あいつ大掛かりな修理が必要だったんだな。」
「デリックのエンジンはかなり古いものだったんだ。前々からティモシーやソルティーに心配されていたしビルとベンには茶化されていたからね。」
「どうせ怠けるための言い訳じゃ無いのかい?」
「ジェームス!失礼じゃないか!デリックは無理して頑張っていたんだから。君とは大違いなんだよ。」
「何だと!それなら言うけどネビル、君は…」

「全く一体なんなんだね!もう日は暮れていると言うのに君達は…近隣の迷惑になるから静かに話し合いたまえっ!」
一番大きな怒り声が聞こえたと思いきや、そこにいたのはトップハム・ハット卿だった。
「・・・。」
その気迫に負けてどの機関車も黙り込んでしまった。
辺りが鎮まると彼は咳払いをして話し始めた。
「今年は鰊の荷揚げがいつも以上に多い。普通の鮮魚列車ではとてもではないが本土に届けることが出来ない。そこであの特別列車を運行することにした。」
毎年春先になると港は客船や貨物船だけでなく、沢山の漁船で賑わう。
漁船は漁れたての鰊で一杯だ。漁師や作業員達は詰んだ鰊を波止場に下ろす。
魚の一部はトラックで町の店に持っていかれ、残りは港の駅から特別列車で本土や遠いところへ運ばれる。
その特別列車を鉄道員は"フライング・キッパー"と呼んでいる。

普段ならヘンリーがフライング・キッパーを牽くのだが、彼は工場に居る。
「…と言うわけだ。しかしジェームスは始発の旅客列車があるしゴードンも各駅がある。」
「ネビルとモリーはどうです?アイツらは何もないでしょうに。」
「いや、だめだゴードン。ネビルは始発の貨物があるしモリーはヘクターと共に早朝の石炭配達がある。」
「うーん…。ベアも急行列車、私も支線の急行列車があるし….。ハンクとヒロも本土への列車がありますね。」
「ボコの言う通りだ…。となるとどうすればいいか…。」
トップハム・ハット卿は思わせぶりに機関庫の端にいる大型機関車を見て言った。
「ぼ、僕ですか?いやいやとんでもない。僕は確かに本線の貨物専用ですけど…けど…。」
「けど、何だね?」
「フライング・キッパーには良くない噂が沢山あります。ヘンリーから沢山聞きましたが」
「それはただの噂にすぎんよ。それに事故が起こるのは注意、点検を怠ったり自然災害が殆どだ。だから何も心配はいらん。」
「わ、分かりました。それなら僕がやります。」
マードックは疑わしげに答えた。
「よし、よくぞ立候補してくれた。君は立派な機関車だな。うまく列車を牽いたらご褒美にペンキを塗り替えてやろう。」
トップハム・ハット卿はそう言うと港の監督に伝えるために車に乗り込んだ。

翌朝、マードックはいつもよりも早く起きた。まだ他の機関車達は眠っている。石炭配達のあるモリーを除いて。
彼は起こさないようにゆっくりと機関庫を抜け、港へと向かった。
港にはもう既に貨車が並んでいた。
漁師と港の作業員達が貨車に魚を積み込んでいる。
「…貨車が足りないぞ!」
「早くフォークリフトを持ってこい!ここの魚は貨車に積み込むやつだろう!」

「やれやれ、朝からうるさいったらありゃしない。」
静けさを好むマードックは顔をしかめた。
「そう顔をしかめることはないよ。漁師さん達は威勢が良いことで有名なんだから。」
貨車の入れ替えを手伝いに来たアーサーが言う。
「いやぁ、でも僕は」
マードックが言いかけた時、港の作業員が大声で呼んだ。
「おい、そこのタンク機関車!貨車が足りないんだ!すぐ待避線から空の貨車を持ってきてくれ!」
「はーいただ今!ごめんよマードック。また後でね。」
アーサーはそう言うと待避線へと走り去った。
マードックはやれやれと呆れながら列車の先頭へと走り出した。

列車の後尾では問題が起きていた。
アーサーが見つけてきたのは古くて錆びついた貨車だった。
「これじゃあ走行中に壊れてもおかしくないですよ。前にもダックがこれと同じような貨車で…」
「いや、時間がないからこれで大丈夫だ。それにこの貨車は以前にも使ったが何の問題も無かったんだから。」
アーサーの機関士は心配したが港の作業員は気にせず、貨車を連結し魚を積み込んだ。
さらに悪いことに、港の監督も積んだ箱の数と書類に記された数の確認をしていて、貨車の点検をするように指示を出すのを忘れていた。

やがて列車に魚を積み終えた。
貨車のドアが閉まり、車掌が緑のランプを灯した。
「気をつけてね!」
ポーッ!ポーッ!
アーサーの応援にマードックは汽笛を鳴らして答えた。
そして、重い列車と巨大な機関車がゆっくりと動き始めた。
フライング・キッパーの出発だ。

貨車はガチャガチャ音を立てているが、マードックの後をしっかりついてきている。
「順調だな。故障もない、事故もない。時間にも余裕がある。」
機関士が嬉しそうに言う。
マードックも楽しそうだ。最初の不安は何処にやら、本線を颯爽と走る。
途中でエドワードの駅に石炭配達をしているモリーとヘクターにすれ違った。
「頑張って!」
「線路の先をしっかり見ているんだ。それからスピードの出し過ぎにだけは用心だ!」
モリーが励まし、ヘクターは自慢の大きな声でアドバイスを送った。

やがてゴードンの丘も難なく突破した。
ヘンリーがキッパーを牽く時は後押ししてもらうが、マードックには必要なかった。
「ヘクターは気をつけろ、って言っていたけど特に心配はなさそうだな。」
マロン駅を通過しながらマードックは呟いた。

ヘンリーが車掌車と衝突事故を起こしたキルデイン駅の待避線も、トーマスが暴走貨車から事故を防いだケルスソープ・ロード駅も通り過ぎ、修理工場の駅に着いた。
マードックの水が少なくなっていたので機関士は待避線に入り、マードックを給水塔まで移動させた。
その間、作業員達が貨車の氷を補充している。
「順調そのものだ。これならヴィカーズタウンに予定よりも早く着きそうだ。」
マードックの炭水車に水を補給しながら機関士が言った。

やがて水が満杯になり列車は再び本線を走り始めた。
だが、問題のタネは常にある。
マードックや機関士達は気づかなかったが、最後尾の貨車がギシギシと今にも壊れそうな音を立てていた。
おまけに機関士はスピードを上げた。
「そんなにスピードを出して大丈夫なんですか?」
「何、心配ないさ。早く着けばそれだけ朝飯をゆっくり食べることも出来るんだ。」
機関士は冗談交じりに言ったが、機関助手は心配そうだ。

そんなことも知らず、マードックはバラフーの平野を走る。信号は全て緑のランプだ。
間も無くヘンリーのトンネルに差し掛かかった。
トンネルの中は真っ暗で、マードックのランプの明かり以外見えない。
「何て真っ暗なんだ。ヘンリーが象に気づかないのにも納得が」
トンネルの出口に差し掛かかったその瞬間、マードックの冗談は遮られた。
後ろで貨車が脱線したのだ。
と、同時に他の貨車もガタガタと釣られて脱線し始める。
「うぉ、うわぁぁぁ!」
マードックも必死にバランスを取ろうとしたが、巨大な車体と急ブレーキを掛けた影響でふらりとそのまま横倒しになった。

幸いにも怪我人は出なかったが、マードックは横倒しとなり、古い貨車は木っ端微塵となって辺りに魚の匂いが充満していた。
近くの信号所にいた信号手は大きな物音と目の前に広がる光景に驚いたが、すぐに管制室に連絡を入れてくれた。
車掌と機関士は線路に信号雷管を設置して、二次災害が起きないようにした。

やがて、日が昇って明るくなると点検を終えたヘンリーと救援隊がやって来た。
トップハム・ハット卿もいる。
「事故は君のせいではない。貨車の点検を怠った我々の責任だ。すぐに修理して元どおりにしてやるからな。」
「ありがとうございます。」
マードックはそう言ったものの、ヘクターの忠告は正しかったと心の底で思った。